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大津町議会議員 金田ひできの『新風!』

熊本県大津町の議会議員、金田ひできのブログ 『新風(しんぷう)!』

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学校教育における「能力別クラス」の是非

 教育に熱心な住民の方々とお話しすると、よく小中学校での能力(習熟度)別クラスの話題になります。
 しかし、教育問題については、それぞれ色々な経験や思い、あるいは「あるべき姿像」があるため議論自体は盛り上がりやすいのですが、どうしても水掛け論になりがちです。

 ただ政治家である以上、例え相手の考えとは異なっていても、自分の立場や考え方を明確にするとともに、その理由を分かり易く説明する必要があると思っています。

 上述の内容については、「制度」や「財源」の問題はもちろん、「ピア・グループ効果」等の教育心理学的理論や「分散効果」「外部効果」等の経済学の考え方も用いながら、なるべく体系的に分かり易くお伝えするようにしています。なお、知っていると中々役に立つモデルなので、長文となりますがぜひ一読いただければ幸いです。
 

 「ピア・グループ効果(Peer group effect)」について解説すると、端的に言えば「朱に交われば赤くなる」という理論で、具体的にはクラスに「成績が優秀な生徒がいれば負けまいと勉強して成績が上がる」「目標を持って努力する生徒に刺激されて自らも努力する」、あるいは逆に「ゲーム好きな生徒に影響され、勉強そっちのけでついついのめり込んでしまう」というケースがあります。
 この理論については色々な検証実験もなされており、その影響も認められているところです。

 これを踏まえて学校の能力別クラスについて考えるとどうなるでしょうか。

 論文ではないので細かい条件設定や定義付けはここでは無視しますが、「上位層(高学力・努力家型)」「下位層(標準学力・非努力型」に分けた場合、上位層は互いに刺激し合うことで更に能力を向上させます。一方、下位層については相互の影響と統一クラスでは多少なりとも受けていた上位層からの良い刺激がなくなることでより勉強をしなくなり、結果として格差は益々広がることが予想できます。
 つまり、このピア・グループ効果は上位層にはメリットとなるものの、下位層にはデメリットになると考えられます。


 しかし、この能力別クラスの影響を考える際にはもう一つ、「分散効果」について考える必要があります。考え方としては、「生徒の理解レベルがある程度揃っていた方が効率良く授業出来る」というものです。
 
 下位層にスポットを当てた授業をした場合、「上位層」は既に理解している事に時間をかけることで効率が悪くなり、モチベーションの低下にも繋がります。一方で上位層にスポットを当てた場合には「下位層」はついていけず、ますます学力が低下します。そして標準的な授業をした場合には、メリデメが半々、あるいは両方にそっぽを向かれます。

 また、教える側にとっては、理解度の高いクラスにはより高度な事を教える事ができ、まだ土台の理解が不十分な層のクラスには基礎の部分をじっくりと指導することができます。結果、2つの層の学力の格差は更に広がると考えられますが、上位層の更なる引き上げ、下位層の底上げが両立することとなります。


 ここで、「ピア・グループ効果」と「分散効果」の影響を整理すると以下の通りになります。

■上位層・・・ピア・グループ効果、分散効果ともにポジティブな影響を与える
■下位層・・・ピアグループ効果はネガティブだが、分散効果はポジティブな影響を与える


 ここで、個人的には下位層においても『「ピア・グループ効果」によるマイナス効用 + 分散効果によるプラス効用』の解は差し引きで「プラス」であると考えており、私としては能力別クラスの設置については「賛成」の立場を取っています。
 実際にこれまで多くの教育機関で「能力(習熟度)別クラス」の取り組みが実施されており、その結果として、少なくとも学力(点数)面ではポジティブな結果が得られているようです。

 以上、理論と私の立場について述べてきましたが、ここからもう一つ難しい問題があります。それが謂わば「倫理」「社会」的な是非と言える問題です。

 例えば、能力別のクラス分けにより「上位層」「下位層」ともに学力の向上が図れ、全体の効用も上がるとは言え、義務教育である小中学校、それも「公立」の学校でそれが許されるのか。
 あるいは、低年齢時から「下位層」とレッテル貼られることによる生徒、そして保護者の心情はどうなるのか等、色々と議論は堪えません。

 経済学的に捉えるのであれば、教育には「外部効果」があります。
 つまり教育の恩恵(あるいは弊害)を受けるのは本人だけではなく、社会全体と考えられます。
 例えば、エリート教育によりアインシュタインクラスの天才を育て科学、医学、物理学等々でインパクトの大きい発見・発明を多くしてもらえれば社会全体が受ける恩恵は多大です。
 また一方で広く読み書き、算数能力や教養のある市民(citizen)を育成する事で良い人材を幅広い業界に送り出せます。
 そういった意味で全体のレベルの引き上げは社会的に見ても意義のあるものであると言えます。

 もちろん、否定的意見も踏まえ、例えば「上位層」「下位層」の生徒も固定的にそれぞれのクラスに留まらせるのではなく、努力等による学力向上によりクラスの移動ができ、自らで可能性を切り開くことのできる制度とする必要があると思います。また、道徳教育等、能力別のクラス分けが馴染まないものもあるでしょう。

 更に、「能力別」という仕組みだけに頼るのではなく、教育のレベルの底上げや教科書をはじめとした「教育内容」自体の質の向上、生徒全体のモチベーションの向上策等、他にもやれること、やるべきことは沢山あります。

 その他にもやり方には様々で、私自身にも細かいアイディアは色々あるのですが、いずれにしても、それが私の基本的な考え方です。

 なお、何事もそうですがあまり自分の意見に固執せず、新しい情報や考え方に触れる中で色々と考え、認めるべきことは認め、正すべきことは正し、ある程度柔軟に結論を出しています。

 長くなりましたが、住民の方との対話は今後も重視していきたい部分であり、その時間をより有益なものとするため、そして貴重な声を具体的な政策提言に繋げるために、一層広く深い知識を身に付けようと日々学んでいるところです。

| 言論・政策 | 18:22 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

当該記事に関して、Facebookにて色々と鋭い意見を頂いたのこちらでもシェアさせていただきます。


○○氏より
>>おっしゃるとおり、どんな問題に対しても多くの場合、万能の政策はあり得ないので、何かを取れば何かを捨てなければなりません。
最終的にその判断の拠り所になるのは「理念」だとか「哲学」だと思います。熊本県がどのような子どもを育てたいのか、何を是とし何を非とするのか、もしくは何よりも何を優先させるのか、という価値判断の基準です。
議論すべきはまずそこだと思います。
その点でコンセンサスが得られれば個々の政策はその基準にそったものを採択していけばいいということになります。


金田より
>>「理念」「哲学」についてはまさに仰る通りだと思います。
ただ、「理念」や「目的」はしっかりしていても、「手段の選択」、あるいは「やり方」を誤っていると思われるケースも多々あり、そこはやはり分けて考えなければならないと思っています。つまり、「理念」「目的」は前提として、どの手段がベストなのか。賛否ありますが、教育関連では「ゆとり教育」や「コミュニティスクール」は「理念」に基づく「理論」は素晴らしいのですが、現状としては結果だけを見れば上手くいっているとは言えない状況でしょう。
また、仰る通り「万能の政策」はありえず必ず選択が必要になるはずですが、所謂「フリーライダー」的発想で、例えば「財政状況を踏まえ消費税増は必要と考えるが、対住民へは受けの良い反対を謳う」等の、部分最適の人気取りに徹するような政治家が多数いるのは残念なところです。
そういった意味で、大変恐縮ですが〇〇さんには今後もぜひ討論会、マニフェスト検証会等の場で鋭く切り込んでいただけるよう一市民(citizen)としても強くお願いしたいところです。


○○氏より
>>マルクスの「資本論」がその象徴ですが、どんな「理念」や「理論」も一見素晴らしいものです。
「ゆとり教育」もそうだったのだと思います。しかし何かを得ようとすれば何かを失います。
ゆとり教育に関しては、手段が間違っていたのではなくて、その失うものに対する覚悟が日本国民にできていなかったのだと私は感じています。またバブル崩壊による経済的停滞もそれに拍車をかけたといえるでしょう。
金田さんのおっしゃるとおり手段を工夫することも大切ですが、手段どうこうで能力別クラスの導入に伴う弊害を本質的に回避することはできないと私は思います。
そ うした弊害が出ることを私たち住民が「覚悟」することが大切で、その「覚悟」こそがコンセンサスです。そのコンセンサスの形成に重要な役割を果たすのが政 治家のみなさんとメディアのみなさんだと私は考えています。コンセンサスを形成できないなら、どんなに洗練された制度を導入しても能力別クラスの導入は遅 かれ早かれ行き詰まると私は考えています。
住民もそうした問題に主体的に関わっていく姿勢が大切です。それはローカルマニフェスト推進運動の目的のひとつでもあります。もちろん私も微力ながらできることがあれば関わっていく所存です。


金田より
流石に鋭いですね、仰る通りだと思います。
正直なところ政策全般について、経済学的に言えば資源配分や手段の工夫によって、Aの効用を固定したまま(あるいは向上させたうえで)、Bの効用も上げることで、「パレート最適」を達成させたいという思いを捨てきれていません。
しかし、もちろん社会的問題は一つの変数のみに基づいた選択はできず、今回の能力別クラスの場合、「財源」はあまり問題にならないかもしれませんが、一つに は本文で述べている「倫理」「社会」的な是非とも向き合い、コンセンサスを形成する必要があります。ただそれが「全体」として「真に正しい」のかという部 分について、言葉をお借りするなら私自身の「覚悟」が足りていないために、強くその動きを推進するに至っていないところでもあります。
今のところ、我が自治体においては上述の方法にてパレート最適に近づける余地がまだまだありますが、ご指摘の通りそれだけでは遅かれ早かれ行き詰る事は明白でしょう。
恥ずかしながら、このところその前提を少し忘れていたところで大変刺激になりました。
素晴らしい「ピア・グループ効果」を有難うございます。


△△氏より
>>〇〇さんの「何かを取れば何かを捨てる」に共感します。
また、教育に熱心な方々の前提とは、学級崩壊なのか何なのか、そして事実その通りなのか、そんなことも関係あると思います。
さらに義務教育の学校で、学力のみを問題にしていいのか、という気もします。例えば、ハンディを背負った子と同じクラスで育った子が、他人を思いやる気持ちをもつのではないか、とか。
教育とは何か、学校とは何をするところか、そんなところも押さえておく必要はないでしょうか。


金田より
>>今回は経済学と絡めて「学力」に限定して述べさせていただいたのですが、仰る通りで「教育に熱心な方々」と一括りにしても、実際はそれほど単純ではなく、義 務教育に「学力向上を望む方」、「”躾”を望む方」、「集団意識の形成を望む方」、「多様性を知り思いやりを育むことを望む方」、あるいはそれら「全部」等々、求めるものは様々で、〇〇さん流に言えばまずはそこでコンセンサスを形成する必要があるのでしょう。
文科省では義務教育について概ね以下の通りだと定義していますが、漠然としており、我が自治体においては我々議員も責任を持って具体的な定義づけや前提のコンセンサス形成に関わり、実現していく事が一つのスタートラインであると改めて感じたところです。
①国家・社会の形成者として共通に求められる最低限の基盤的な資質の育成
②国民の教育を受ける権利の最小限の社会的保障

| 金田ひでき | 2013/11/29 02:21 | URL |

追加のやり取りです。

○○氏より
>>どんな問題においても常にヒト・モノ・カネ・時間は有限ですから、おっしゃるとおりパレート最適は重要です。能力別クラス導入が意思決定されれば、もっとも効率的な方法を追究すべきだと思います。
で、私が言及した「覚悟」は金田さんご自身が気づかれたとおり、その「前提」です。
また私は、能力別クラスの導入にはメリット・デメリットはあるものの、それ自体が「正しい」とか「間違っている」はないと考えています。要はメリット・デメリット双方を受け入れて「やる」か「やらない」かです。
そういう意味で金田さんのブログへの投稿は能力別クラス導入のメリット・デメリットが理論的に整理されていて、おかげで私自身アタマのなかが整理できました。ピア・グループ効果は私にももたらされたと感じました。
特に私は企業の新入社員研修や求職者向け職業訓練研修を長期間にわたって業務として経験してきたので、「分散効果」について非常にポジティブに捉えています。なぜなら授業単体で考えてもヒト・モノ・カネ・時間は有限だからです。理解度の高い受講生に合わせて研修を進めれば理解度の低い受講生は何のことやらチンプンカンプンですし、理解度の低い受講生に合わせれば理解度の高い受講生は実に退屈な時間を過ごすこととなります。義務教育の現場ならば、なおさらその理解度の「差」は想像以上に大きいと予想されます。


>>金田より
その通り過ぎてあまりコメントする事がないのですが、仰る通り、「工夫」の限界がきたら最終的には「メリット・デメリット双方を受け入れて「やる」か「やらない」かの選択をしていく」しかないですね。もちろん、何を持って「メリット・デメリット」とするかといった評価・判断軸も例えば首長なりの明確な思想感に基づくものでなければ考えが割れるでしょう。経済学的には一つの変数に基づく「効用」をベースに選択すれば非常にシンプルなのですが、現実の社会問題においてはそうはいきません。
その争点とメリデメを分かり易く整理して、100%に満足してもらえずとも、なるべく多くの市民(citizen)に納得してもらえる形でコンセンサスを築いていく、それが政治家の責任であると同時に腕の見せ所でもありますね。最近ではそのプロセスを無視したパワープレイも見受けられますが。
いずれにしても、火急の案件というわけではないという認識なので、ここは少し慎重に時間をかけ、教育現場・保護者等の声もしっかり集めながらまずは自分の中でメリデメ等を整理しようと思います。


>>□□氏より
上位クラスに入ること自体が目的化して、入った後で目的を見失ってしまうというのが現実には起きています。選抜の前にも後にも目的意識をしっかり育てていくことも課題です。


>>金田より
仰る通りですね。「義務教育」として捉えると、教育(お勉強)は「消費(知的欲求や虚栄心を満たす手段)」というよりも「投資(より良い社会的地位を得るための手段)」の色合いが圧倒的に濃いと思っています。そういった意味で、タブー視されがちですが「努力(高学力)によって得られる期待値」についても具体的・体系的に教えてあげた方が親切で、かつある意味フェアな気もしています。もちろん、何を選択するかは各人次第という前提のうえです。ドラスティック過ぎるでしょうか。

| 金田ひでき | 2013/12/01 01:38 | URL |















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