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大津町議会議員 金田ひできの『新風!』

熊本県大津町の議会議員、金田ひできのブログ 『新風(しんぷう)!』

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何故どうでも良い議論ばかり紛糾するのか (凡俗の法則)

 標題の 「凡俗の法則」ですが、 これは「組織は些細な物事に対して、不釣り合いなほど重点を置く」という法則でシリル・ノースコート・パーキンソンと言う方が1957年に発表したものです。

 さて、どういう事かと言うと、パーキンソンはこの法則を「原子力発電所」と「自転車置き場」の建設に例えて説明しています。

 少し補足を加えつつ掻い摘んで説明すると、原子力発電所は巨額の費用がかかるものの内容が複雑過ぎるため専門家任せで殆どの人は口を挟まず、一部の権限者の中で決まっていく(現代にそのまま置き換えると状況は変わりますが、あくまで当時の氏の例えです)。

 一方で自転車置き場は、少コストだが身近で分かりやすいため、屋根の素材を何にするか、色はどうするか等の議論が白熱し、本質的ではない部分で無駄に時間を消費するばかりか、「そもそも自転車置き場が必要か」といった大事な議論に至らない。

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 つまり、「物事の重要性にかかわらず身近なことほど議論が紛糾しやすく、時間も浪費する傾向にある」更に「その結果、本質的な議論がなされない」という事になります。

 殆どの方は類似の経験があると思いますが、議会・委員会(行政課題)においても、こうした事態が発生する事は珍しくありません。

 国会においても「もっと議論・指摘すべき事があるのでは」とワイドショーでコメンテーターが指摘している場面が思い浮かびます。

 予算規模や本質ではなく、「その議員が精通している内容」、「分かりやすい内容」、「世間受けする内容」に関する質疑に多くの時間が割かれ、重要な部分に議論が至らない。

 例えば、地方議会においても、財務・会計等は課題が複雑なため、身近な精通分野での持論の展開に終始する、あるいは町全体の議論であるにかかわらず自分の知る一部のコミュニティの話に終始する、という話も少なくありません。

 発生原因としては、「課題の本質を捉えていない」、「コスト意識(バランス感覚)が欠落している」、「基礎的な知識がない」、あるいは心理学的には「(ここぞとばかりに)自分の存在を誇示したい」など色々あると思います。

 通常の会議などでは、優秀なファシリテーター(進行者)を配置する事で議論を上手くコントロールする事もできるのですが、議場においては「議員の権利」もあるので、中々そうもいきません。

 もちろん、「予算規模や利害関係者が少ないから議論が不要」というわけではありません。

 ただ、こちらは経済学用語ですが、もう一つ「機会費用」という考え方があります。

 「ある行動を選択することで失われる、他の選択肢を選んでいたら得られたであろう利益のこと」で、簡単にいうと、「時間もお金も有限であるため何かを選ぶという事は、(金銭的な費用は発生しなくとも)何か諦めざるを得ない」という考えです。

 自治体の予算はもちろん、議会で議論できる時間は有限であり、それは職員の負担増という意味を含めて議場の外においても同様です。

 よって、「機会費用(優先度)を踏まえ」、「コスト意識を持ち」ながら、「本質(大事な事)を外さない」、そのために「常日頃からしっかりと知識を蓄える」、民間企業でも全く同じで常に心に留めておくべき事だと思いますが、「生活にかかわる全てが議題」である地方議員においては、殊更その視点や姿勢が重要です。

 こうしたフレームワーク(考え方の枠組み)や理論は知っていれば色々と応用が利き、非常に役立ちます。

 既にご存じだった方、あるいは感覚的に理解している方も多いとは思いますが、改めて言葉として定義すると腑に落ちて理解も深まります。

 この「凡俗の法則」及び「機会費用」の概念は私も常々意識しています。

| 言論・政策 | 03:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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