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大津町議会議員 金田ひできの『新風!』

熊本県大津町の議会議員、金田ひできのブログ 『新風(しんぷう)!』

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地方分権と求められる議員像

 標題の件について先日住民の方とお話しました。 現在の地方創生の動き至るまで幅広く意見交換しましたので、こちらでも一部現況および私の考えを共有させていただきたいと思います。


■国が進める地方分権

 内閣府のページ(→リンク)を見ると、地方分権改革について、次のように書かれています。

 「地方分権改革とは、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体が担い、その自主性を発揮するとともに、地域住民が地方行政に参画し、協働していくことを目指す改革です。」

 地方分権改革は、平成5年の「地方分権の推進に関する決議」から20年以上が経過し、この間に国から地方、都道府県から市町村への権限移譲や地方に対する規制緩和(義務付け・枠付けの見直し)など、数多くの具体的な改革が行われてきました。
 これによって、平たく言えば、国が持つ地方に関する決定権や予算を地方(市町村と県)に移して、住民に身近な行政サービスをその地域で判断・決定できるようになりました(国と地方の関係を上下・主従の関係から対等・協力の関係へ)。

 地方分権を進めている背景としては、一つには国が財政的にも人口構成的にも厳しくなっている中で、あるいは自治体間での高齢化率や子どもの人数等の違いの拡大が全国画一の制度での社会保障や教育などへの対応の限界を明らかにし始めている中で、「国は外交・国防・司法・危機管理等の国としての最低限の役割を果たし、住民や地域に身近な行政サービスについては最も身近な基礎自治体が担うことで効率的な運営が可能になる」、つまり、国だけでは全てを担うのは現実的に不可能になってきたため、役割分担をしていこうというトップダウンからの考えが起点にあると思っています。


■自治体視点で見る地方分権


 自治体視点で見ると地方分権には大きく分けて2つの視点があります。

 一つには、「住民が身近な地方公共団体が自らの地域を決める事ができるという民主主義の原理に基づく視点」です。つまり、民主主義の理念においては「自分たちの事は自分たちで決めるべき」、あるいは「決められて当然である」という考えです。

 もう一つが、先ほどの国の視点に近いのですが、「地域が自主性を発揮することによって、地域の実情やニーズに適った個性的で多様な行政を展開することができるという”地方行政の質”に基づく視点」です。これは価値観や地域状況の多様化に伴って画一的でない行政の展開が求められている現代の要請に応えた、地方分権の”効果”に着目した実利的考えとも言えます。


■高まる自己責任の原則と拡大する格差

 これらに別の側面から光を当てると「自己決定・自己責任の原則」が見えてきます。

 いずれの考えに基づいても、これまでの国と地方が「互いに関与・依存しあう」仕組みを改めて、各自治体が自らの判断で地域づくりに取り組める形に移行することになりますが、創意工夫に富んだ取組みを行う自治体と、認識を変えずにただ漫然と前例踏襲の運営を行う自治体とでは明確な差が生じます。既に自治体間格差は生じていますが、現在の地方創生の流れにおいてはそれが益々加速すると考えられます。

 したがって、今の地方行政運営において、「強い地域」「より住み良い地域」を作っていくためには自治体のトップである首長をはじめとした職員が政策に基づいた創意工夫に富む有効な取組みを実施していくことがこれまで以上に求められています。言い換えれば、「どこの自治体に住むか」、「首長がどのような政策を持つか」で日常生活の"質"に大きな差が生まれるということになります。


■求められる議員像

 当然ながら最終意思の決定を担うとともに議場での政策提言の機会を与えられている地方議会・議員のレベルアップも非常に重要になっています。一昔前のように「地域代表」「団体代表」の議員が我田引水的に利益誘導をしていては自治体運営は成り立たず、もっと言えば全体的視点に立った効果的な資源配分・取組みの阻害要因になる、つまり存在自体が「マイナス」に働きかねません。

 当然にそれらを”選択”する地域住民の認識の変化も重要になりますが、議員の活動・実績と得票数が中々連動しないことも多く、当の議員からはそれを嘆く声あるいは諦めの声も聞かれます。しかし、耳に入る身近な住民の"得票に直結しやすい要望"にばかり目を向けていては部分最適に陥りますし、多数派の声のみを機械的に取り入れるようでは人気取りのポピュリズムに陥ります。つまり、結果として取組みの効果を最大化できなくなります。

 そうしたなかで政治家としては、現状に甘んじる(=住民ウケの良い発言・行動にのみ注力する)のではなく状況を変えていく努力が必要です。 
 例えば、介護保険の負担金は大多数の方がより低額であることを望みますが、財政状況や今後の人口動態等を勘案すると「持続可能なシステム」として成立させるためには現実的には引き上げざるを得ない(さもなくば他のサービスを大幅に切り詰めて財源を用立てる必要がある)状況であり、実際の制度もそうした方向に進んでいます。

 もちろん、そういった全体の中での位置づけや前提が共通認識として成立した上での選択であれば良いのですが、情報の非対称性によって、「多数の住民が望む政策」と「政治家として選択すべき政策」とではギャップが生じることが往々にしてあります。そこには「多数の支持する選択が必ずしも政治的に"正しい"とは限らない」という危険性も見え隠れします。
 したがって、議員としてはそうした事態において単に大衆迎合に走る、あるいは口をつぐむのではなく、はっきりと自らの主張の根拠・背景等を説明し、その前提を基に在り方を考え、建設的に議論することが重要だと考えます。

 「地方分権」とは言い換えれば「地域のことは地域で決める」ことです。
 行政はもちろん議員としてはそこに住み暮らす住民に対する的確かつ積極的な情報提供や建設的な議論を重ねることにより、予算的制約や様々な利害の混在する課題を整理することで誤解や偏見を解消することはもちろん、利害調整や新たな政策立案により合意を形成していく努力をし、解決していく姿勢が必要不可欠です。

 例えば、このブログや町政報告誌「新風!」の発行、あるいは出張座談会などもその一環ですが、”事実”だけではなく"考え"を含んだ情報を発信するということは反対のご意見を頂くことも当然にあります。しかし、そうした意見から、自分自身が新たな気付きを得ながら建設的な議論をし、より良い在り方・方策を探っていくプロセスを回していくことが重要だと考えています。

| 言論・政策 | 22:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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