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大津町議会議員 金田ひできの『新風!』

熊本県大津町の議会議員、金田ひできのブログ 『新風(しんぷう)!』

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教育について思う事(キャリア教育)

 大津町の教育基本理念は、『夢を持ち、夢を育み、夢を叶える教育実践 ~生きる力を身につけ、よき社会の形成者として未来を拓く子どもの育成~』です。

 一緒に触れておくと、教育目標は、「人権尊重の精神を基調とし、子どもたちが心身ともに健康で、豊かな知性と感性に富み、 行動力と社会性を身につけ、よりよい社会の創造をめざす人間性豊かな大津町民として成長することを願い、幼保小中高及び家庭・地域との緊密な連携のもとに生涯学習社会の実現をめざした教育を推進する。」と定められており、内容の詳細は教育基本構想として、リンク先の通りとなっています(⇒リンク

■キャリア教育の希薄性
 その教育理念である夢を、「持ち」、「育み」、「叶える」教育の実践に関連してですが、大津町に限らず日本全体として欧米に比較し、『キャリア教育』への考え・対応がとても乏しいように感じています。
 
 ここでいうキャリアとは、「職業」だけではなく、「生涯」、「進路」といったより幅広な意味ですが、欧米では早い段階で、社会や自分の将来について考える機会が与えられています。
 しかしながら日本では、多くの場合、高校にしろ大学にしろ、社会や将来について真剣に考えるタイミングは就職活動のほんの数カ月しかない学生が少なくありませんし、大学の「学部選択」をはじめとした進学を考える場合でも同じような傾向が見られます。  これは私が小中高、あるいは大学生の時代から、多少は変化してる気もしますが依然として大きな変化はないように思います。

 社会に出る準備のために義務教育や高等教育、大学教育を長い時間掛けて修める一方で、人生を左右する就職(キャリア)に関しては多くの児童生徒学生がわずかな時間しか掛けていないというのには矛盾を感じますし、それでは多数の子どもが学習へのモチベーションを高められないのも当然のように思います。


■学習面への影響

 より良いアウトプットを出すために目的・意味の明確化・落とし込みが重要なのは大人も子供も本質的には変わりません。
 努力する人の多くは、自分なりの目標・目的を持ち、それに向けて努力し、更に結果を出し続けている人は多くの場合、「目標を達成するための手法とステップ」を明確に描けています。

 児童生徒においても、より高い教育効果を発揮するために「何のために学習をしているのか」の落とし込みが非常に重要ですし、その”高い教育効果”は子ども達の可能性を広げることにも繋がります。 また、漫然と作業をするのではなく、しっかりとゴールと道筋を考える「目標設定能力」は社会に出てからも、モチベーション維持、アウトプット向上面でも非常に重要です。


■何が問題なのか
 「学習」と「就職活動」の関係で考えれば、私も会社員時代は何度となく学生の相談にも乗ってきましたが、将来について深く考えないままに学校や学部を選択してしまったことや、4年間あまり学習や経験を積んでこなかったことを後悔している学生も何人も見てきました。

 もちろん、早い段階でのキャリア教育を充実させても必ずしも全ての子どもが明確な将来のキャリアを描けるかと言えばそうとは限りません。
 しかしながら、薄ぼんやりとは気付いているかもしれませんが、それまでは全く社会の現実(構造)を教えないままに、いざ就職する段階で、高校や大学卒が就職の条件、●●学部でなければ●●にはなれない、●●の資格が必須、などの現実を急に突きつけられるのは酷であると個人的には思います。 日本の教育においてはそういった部分について、オブラートに包みがちなように感じますが、それはあえて強い言葉を使えば「だまし打ち」とも言えるのではないでしょうか。

 誤解がないようにお伝えしておくと、私が言いたいのは「子供にもっと勉強させるべき」、「良い高校・大学」に生かせるべきと言うことではありません。 各年齢で理解のレベル感は異なりますが、スポーツをするにせよ、読書・勉強をするにせよ、友人と遊ぶにせよ、「理解」を前提に選択しているかどうかということです。

 幼少期よりずっと何かに没頭し、多くの時間を使い、結果としてそれが将来の職と結びつかなかったとして、楽しみや思い出、友情、経験、努力の習慣、その他諸々の得るものは何ら変わらないとしても「自らが納得(覚悟)のうえでおこなった選択か否か」で意味合いは全く異なります。

■「個性を伸ばす」と「基礎力向上」
  統計的にも小学生時代の”夢の職業”をそのまま追い続け、実際に叶える子どもは少ないのですが、だからこそ具体的な”目標”を持った時にその新たな夢を叶えられる、あるいは困難に直面した時にそれを解消できる可能性を広げるための「幅広い素地」を養ってあげるのは、実社会を知る家族や学校を含めた”社会”の責任であると考えています。

 もちろん、途中での方向転換も不可能ではないですし、その方向転換に意味があることも少なくないでしょう。しかし、より早く自分の将来について考え、備え、その上で選択を行った方が自分自身で納得できるケースが多いでしょうし、就職活動を始めた時点で自分のなりたい職業が見つかった場合には既にそれを選択できないか、出来ても可能性が殆どないということも十分起こりえます。
また、未だに日本は学歴が重視されがちな学歴社会であり、最初の就職やキャリアがその後のキャリアに大きく影響する「入口」社会であるためなおさらです。
 当然ながら現実的になり過ぎれば、逆に将来を限定してしまう可能性もあり難しいところですが、そこは「やり方次第」でしょうし、今回述べた「方向性」と上手く実現するための「手法」は分けて考えるべきだと思います。


■今後のアプローチ
 私の方では、そういった課題認識もあり自らが出来ることとして一つには、所属する青年会議所(JC)において9月20日(日)に文化ホールにて花マル学習会から講師をお呼びして「わが子を『メシが食える大人』にする思春期の子育て」というテーマの講演会を実施できるように現在調整を進めています。まずは課題認識を共有すること。

 いくつかキーワードをあげると「やれば出来るでその気になるのか」、「好きなことだけやらせていいのか」、「親のためだけに勉強している時期」などですが、私も色々と学ばせていただきたいと思っています。

 夢を持ち、それに向かって努力していくことはもちろん素晴らしいことです。 私はプラスαとして、キャリア教育による「夢の持ち方・育て方」や「かなえ方」、そして今はない、あるいは新たな夢(目標・目的)を持った時にそれを叶えることの出来る「底力」の育成を図ってあげたいと思っています。

| 言論・政策 | 23:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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